| タイトル(初版) | ヒヤパカ |
|---|---|
| タイトル(新装版) | 貧困魔境伝ヒヤパカ |
| 著者 | 山野一 |
| 初版発行 | 1989年12月(青林堂) |
| 新装版発行 | 1999年12月(青林堂) |
| 収録作品数 | 全14編 |
| 位置づけ | 山野一 第3作品集(第2作:四丁目の夕日 / 第4作:混沌大陸パンゲア) |
| 主な掲載誌 | 『漫画スカット』(みのり書房)12編 / 『月刊漫画ガロ』(青林堂)2編 |
| 現在の状況 | 絶版・入手困難(電子書籍化なし。古書・Amazonマーケットプレイスにて流通) |

本作には2種類のキャッチコピーが存在しており、いずれも刊行後に『月刊漫画ガロ』誌上に掲載されたものです。
「ヘラヘラ幸せ脳天気漫画」という表現は、当時の少年誌・青年誌で主流だった「逆境を乗り越えて前向きに生きる」系の作品群への異議申し立てです。山野一は本作において、そうした漫画が描かない「救済されない貧困と狂気」を14編にわたって描きました。
「ヒヤパカ」は山野一の造語です。「ひやっとした」「パカっとした」という感覚——背筋が寒くなりながら、同時に何かが弾けるような体験——を示す語として本作のタイトルに使われています。
収録12編が『漫画スカット』(みのり書房)連載「サイケでハレハレ劇場」から、残り2編が『月刊漫画ガロ』(青林堂)掲載作です。単行本の初出一覧では、『漫画スカット』掲載作については掲載時期の番号のみが記されており、具体的な掲載年月は明示されていません。
| タイトル | 初出 | あらすじ・内容 |
|---|---|---|
| 人間ポンプ | 漫画スカット | 大学教授と代議士の令嬢が貧民窟を取材調査中に工場労働者に捕らえられ、地下の手漕ぎポンプ穴に突き落とされる。ポンプを漕がなければ海水で溺れる状況が十日続いた結果、上流階級の二人の理性と尊厳は剥奪されていく。二人は群衆の前での辱めを条件に解放を約束されるが、上がった先でも労働者たちに慰み者にされ続け、最終的に穴から一生出られなくなる。 |
| きよしちゃん 紙しばいの巻 | ガロ 1987年9月号 (連載名:在日特殊小児伝) |
侘しい年金生活を送る元紙芝居屋の老人・金子青造が、庭の雛鳥に励まされて再起を試みる。公園に紙芝居を持ち出すも、知的障害者のきよしを虐待して遊ぶ子どもたちに袋叩きにされる。帰宅後、子どもたちが雛鳥をきよしに食べさせてしまう。 |
| GOGOやくたたず | 漫画スカット | 定年後も知的障害の息子と寝たきりの妻を抱えて町工場で働く五味ため吉が、駄菓子のオマケのミニカー6万個の不良品処理を命じられ奔走。運転中に息子の顔を思い出して嘔吐し、反対車線のトラックに衝突、崖から6万個とともに転落する。 |
| ビーバーになった男 | 漫画スカット | 不況で工場を追われた金子マス男の夢に大日如来が現れ「ビーバーのような生活をしろ」と啓示する。比喩であることを理解できないマス男は川中に廃材で家を建てるが、役場の依頼を受けた産廃業者にダイナマイトで吹き飛ばされる。 |
| 荒野のガイガー探知機 | 漫画スカット | 核戦争で文明が滅亡した世界で地球最後の生存者となった悪人の老人が、臨終間際に大日如来と対面する。大日如来は「ゴータマが死んでから三千年後に地上にいる者を無条件に救済する。善悪は問題ではない」と告げ、男は美しい肉体を与えられ極楽浄土へ旅立つ。 |
| ハネムーン | 漫画スカット | 挙式もできなかった貧乏カップルが予算3,500円で埼玉県熊谷市の採掘場へ新婚旅行。妻が工事現場の仮設トイレを無断使用し作業員に見つかって散々な目に遭い、帰りの電車賃まで奪われ、男は糞まみれの妻を連れて158kmを徒歩で帰宅する。 |
| パチンコのある部屋 | 漫画スカット | 無断欠勤10日目に解雇された田中の手持ちが260円になる。260円を元手にパチンコ・競艇・麻雀を渡り歩いて大金を得る夢想が展開される短編。 |
| 旅情 | 漫画スカット | 課長に温泉旅行に誘われた田中が身重の妻と息子を連れて向かうが、費用援助を断られ車中泊。悪環境の中で妻は出産し、「変な赤ん坊」が産まれる。 |
| 荒野のハリガネ虫 | 漫画スカット ※冒頭に「CHARACTER DESIGN C.NAKAYAMA」(=ねこぢる)のクレジットあり |
資産家の孫・秀麿が夏休みの自由研究「貧乏人の観察」のため貧民窟を訪問。最貧の住人は大家夫婦の死体を塩漬けにして食べていた前歴を持ち、訪問者の下男を斧で殴殺・女中に暴行するが、極端な階級格差が「次元の断層」を生じさせ秀麿には攻撃が届かない。秀麿は死体を置いてヘリコプターで帰る。 |
| 星の博士 | 漫画スカット | 女子高生が帰宅すると東大天文学博士を名乗る不審な男が冷蔵庫を漁っていた。宇宙物理学的論理で自身の行為を正当化する男。二階には惨殺された母の死体があった。 |
| 押入れの女 | 漫画スカット | 浪人予備校生が押入れを整理すると箱の中から生気のない女が出てくる。予備校生は受験勉強を放棄し、女との生活を続ける。 |
| 侏儒の家 | 漫画スカット | さえ子が繰り返し見る夢に、男性器・肛門などを擬人化した侏儒の音楽隊が現れ体を舐め回す。翌朝に初潮を迎えた日を境に侏儒は二度と現れなかった。 |
| 太陽とダリヤ | 漫画スカット | 父は腹上死、母はソープ嬢として薬物中毒で死亡した少女がひとりバスで「のうしんぼう」のダリヤ園へ向かう。旧家で男に暴行・刺殺されるが、少女の目には女性器の形をしたダリヤから亀が生まれる幻視が映る。 |
| のうしんぼう | ガロ 1988年12月号 | バスで見知らぬ地名「のうしんぼう」に降り立つ男が、不思議な風景を経て山中のビルに自室を見出し、風呂屋でパノラマのような花火を目撃する夢幻的な短編。「のうしんぼう」は千葉市緑区下大和田町の実在地名「能真坊」に由来する。 |
収録作の大半を占める12編は、みのり書房発行の成人向け漫画誌『漫画スカット』連載「サイケでハレハレ劇場」として掲載されました。みのり書房は1980〜90年代に多数の成人向け漫画誌を展開した出版社です。
山野一はガロでのデビュー後、生活費を得るために複数の成人誌で執筆するようになります。成人誌という媒体は、ガロの「純文学的自由」とは異なる自由——性的描写やゴア表現に対する規制の少なさ——を山野一に与えました。本作の多くの編が持つ凌辱・スカトロ・肉体的暴力の描写は、この媒体の特性と切り離せません。しかし山野一はそれを単なる性的消費として描くのではなく、階級格差・貧困・精神崩壊の文脈に置いている点が当時の他の成人誌作品と一線を画しています。
「きよしちゃん 紙しばいの巻」は1987年9月号に「在日特殊小児伝」という連載名で発表されました。「のうしんぼう」は1988年12月号掲載で、全14編の中で最も叙情的・夢幻的な作品です。「のうしんぼう」は暴力的な描写を排した詩的な短編であり、後に第4作品集『混沌大陸パンゲア』で展開される電波系・精神崩壊路線の原型となっています。
14編のうち「荒野のハリガネ虫」の冒頭クレジットには 「CHARACTER DESIGN C.NAKAYAMA」 と記載されています。中山千代美とは山野一の妻・ねこぢるの本名であり、この記載は山野一名義の作品へのねこぢるの関与が確認できる唯一の事例です。
ねこぢるが漫画家デビューするのは1990年ですが、それ以前から山野一の創作に何らかの形で参加していたことがこのクレジットから確認されます。「荒野のハリガネ虫」に登場する一部キャラクターのデザインは、後のねこぢる作品——ポップでデフォルメされた動物的なキャラクター——に近い造形を持っています。山野一の鬼畜系の作風にねこぢるのポップなデザイン感覚が混入した本作は、両者の創作的相互作用を示す一次資料として重要な位置にあります。
「人間ポンプ」「荒野のハリガネ虫」「GOGOやくたたず」の3編が該当します。「人間ポンプ」では上流階級が下流階級に捕らえられ尊厳を剥奪される過程が描かれます。「荒野のハリガネ虫」では資産家の孫と最貧困者の間に「次元の断層」が物理的に生じるという不条理な表現が登場します。極端な階級格差を「物理法則の歪み」として可視化する手法は山野一の独自性のひとつです。
「ハネムーン」「旅情」「パチンコのある部屋」「GOGOやくたたず」が該当します。「ハネムーン」の予算3,500円の新婚旅行(熊谷市の採掘場)、「旅情」の課長に費用を断られての車中泊という設定は、山野一の底辺生活観察から出発した具体的な描写です。抽象的な貧困描写ではなく、生活の細部の積み上げから惨劇が生じる構造が特徴です。
「パチンコのある部屋」「侏儒の家」「のうしんぼう」「押入れの女」が該当します。「のうしんぼう」は全14編で最も夢幻的な作品で、グロテスクな描写を排した詩的な短編です。この系統は後の第4作品集『混沌大陸パンゲア』における電波系路線の萌芽として位置づけられます。
「荒野のガイガー探知機」と「ビーバーになった男」に大日如来が登場します。「荒野のガイガー探知機」で大日如来が語る「生前の善悪に関わらず三千年後に地上にいる者を無条件に救済する」という論理は、山野一の「不幸に意味はなく、救済にも根拠はない」という世界観が仏教的文脈で展開された表現です。
「きよしちゃん 紙しばいの巻」と「GOGOやくたたず」に知的障害者が登場します。山野一はこれらの作品において、知的障害者を「純粋な存在」として美化することも「社会問題の象徴」として利用することもせず、彼らをとりまく不条理な日常をそのまま描写しています。
| 初版(1989年12月) | 青林堂刊「ヒヤパカ」。絶版。古書市場で稀に流通。 |
|---|---|
| 新装版(1999年12月) | 青林堂刊「貧困魔境伝ヒヤパカ」。絶版。Amazonマーケットプレイスに出品されることがある。 |
| 電子書籍 | 現時点で電子書籍化されていない。紙の古書が唯一の入手手段。 |
| 前後の作品集 | 第2作『四丁目の夕日』(Kindle版あり)/第4作『混沌大陸パンゲア』(古書)/第5作『どぶさらい劇場』(古書) |
- 山野一 第3作品集。初版1989年12月・新装版1999年12月(いずれも青林堂)
- 全14編収録。うち12編が『漫画スカット』(みのり書房)連載「サイケでハレハレ劇場」、2編が『月刊漫画ガロ』掲載
- ガロ掲載の2編の掲載号:「きよしちゃん 紙しばいの巻」(1987年9月号)、「のうしんぼう」(1988年12月号)
- 「荒野のハリガネ虫」に「CHARACTER DESIGN C.NAKAYAMA」(=ねこぢる本名)のクレジットがあり、山野一名義作品へのねこぢる関与が確認できる唯一の事例
- 「のうしんぼう」の舞台となった地名は千葉市緑区下大和田町の実在地名「能真坊」に由来
- キャッチコピーは「世に蔓延するヘラヘラ幸せ脳天気漫画の脳天に鉄槌を打ち込む これが人生だ!」(ガロ1990年6月号)
- 現在は絶版・電子書籍化なし。Amazonマーケットプレイスまたは古書店での入手が必要

参考・出典:貧困魔境伝ヒヤパカ – Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/貧困魔境伝ヒヤパカ)
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