| タイトル | ねこぢる大全(上・下 全2巻) |
|---|---|
| 著者 | ねこぢる(作:山野一 / 画:ねこぢる) |
| 出版社 | 文藝春秋(文春デジタル漫画館) |
| 紙版刊行 | 2008年(没後10年記念) |
| 電子書籍版刊行 | 2018年(没後20年記念) |
| 総ページ数 | 上下巻合計 約1,600ページ(各巻 約800ページ) |
| コンセプト | ねこぢるが1990年〜1998年に発表した全作品の集成 |
| 下巻収録の特別コンテンツ | 根本敬(特殊漫画家)× 山野一(漫画家)特別対談 遺作『ガラス窓』 |
| 上巻収録の特別コンテンツ | 唐沢俊一ら特別寄稿 / hydeインタビュー |
| 現在の入手状況 | 電子書籍(Kindle・Kindle Unlimited・ブックライブ・BookWalker等)で現在も入手可 |

| 本名 | 橋口 千代美(旧姓:中山) |
|---|---|
| 生年月日 | 1967年1月19日 |
| 没年月日 | 1998年5月10日(31歳没) |
| 出身 | 埼玉県北足立郡鳩ヶ谷町(現:川口市) |
| 夫 | 山野一(1985年頃結婚) |
| デビュー | 1990年『月刊漫画ガロ』6月号「ねこぢるうどん」 |
| 当初のペンネーム | ねこぢるし(翌年にねこぢるへ改名) |
| 活動期間 | 1990年〜1998年(わずか8年間) |
| 体格 | 身長152〜153cm、体重37kg |
| 没した場所 | 東京都町田市の自宅(縊死) |
ねこぢるは不動産業を営む裕福な家庭に生まれ、埼玉県鳩ヶ谷市の団地近くで育ちました。最初に覚えた言葉は「ばか」で、誰に対しても「ばか」と言っていたという幼少期のエピソードは後に代表作の話の一つ「バカの巻」の元になっています。学生時代には山野一の作品集『夢の島で逢いましょう』(青林堂)に感銘を受け、1985年頃に山野の自宅に押しかけ女房のような形で結婚(当時18歳)しました。
活動期間のわずか8年間で、「ガロ系」の枠を大きく超えて当時のアイドルからバックパッカーまで幅広い支持を集めた稀有な漫画家でした。1998年5月10日、東京都町田市の自宅にて縊死。遺書はなく、遺志により死因や動機は山野一によって公表されていません。
ねこぢる作品の誕生は、山野一が妻の落書きに「尋常ではない何か」を感じ取ったことから始まります。妻が仕事を持たずに描いていた「奇妙なタコのようなネコの絵」をもとに、妻の夢のメモを参照しながら山野がストーリーをネームとして書き起こし、それをガロに持ち込んだことで1990年に「ねこぢるうどん」として世に出ることになりました。
山野はこの関係について「翻訳」という言葉を使っています。
「ねこぢる名義の発表作品はすべて山野とねこぢるの共作であるが、作品ごとの役割分担ははっきりしていない」(Wikipedia「ねこぢる」より)というのが公式の記録ですが、山野一のインタビューや周囲の証言から以下のことがわかっています。
| 山野一の担当 | 原作ネームの制作 / ねこぢるの発想・夢のメモのストーリー化 / ペン入れの補助 / スクリーントーンの貼り付け / 渉外・マネージャー業務 |
|---|---|
| ねこぢるの担当 | キャラクターのオリジナルデザイン(ネコの落書き) / コマ割り(苦手だったが本人が実施) / 作画(絵は本人が描く) / 夢のメモ・アイデアの提供 |
| 外部アシスタント | 二人の間の「極めて微妙な関係性」のため、外部のアシスタントを入れることができなかった。そのため山野一が「唯一無二の共同創作者」となった。 |
評論家の黒川創はガロへの寄稿で「ねこぢるの成分には10%か20%”山野一”が配合されている」と表現し、根本敬は「ジョン・レノンとオノ・ヨーコ以上の何か深いものを感じていた」と証言しています。
「ねこぢる」というペンネームは、山野一との「『〜汁』って言葉はキタナい」という会話から生まれた語とされています。当初は「ねこぢるし」として活動し、デビュー1年後の『月刊漫画ガロ』1991年6月号の扉絵に「ねこぢるし改め/画・ねこぢる 作・山野一」とあることから、この号を機に正式に「ねこぢる」へ改名したことが確認されています。
- ねこぢるうどん(ガロ デビュー作)
- ぢるぢる日記
- ねこぢるだんご
- ねこぢるせんべい
- ぢるぢるご近所日記
- つなみ / 半魚人
- かちく
- ねこちゃん
- ぢるぢる恐怖体験
- ぢるぢるばなし
- ぢるぢる新入社員 他
- ★唐沢俊一ら特別寄稿
- ★hydeインタビュー
- ねこ神さま
- ぢるぢる旅行記(インド・ネパール)
- ねこぢるまんじゅう
- ぢるぢる昔ばなし
- ねこぢるごはん
- ぢるぢる見聞録
- ねこぢる汁
- ねこぢる食堂
- ぢるぢるおまけばなし
- ぢるぢるねこばなし 他
- ★遺作『ガラス窓』
- ★根本敬×山野一 特別対談
上巻の核は1990年のデビュー作『ねこぢるうどん』です。猫の姉弟「にゃーこ」と「にゃっ太」が日常の中で不条理な残酷さを当然のように実行するシュールな短編オムニバスで、「可愛いのに残酷、淡々としながらもエキセントリック」という作風の原点が詰まっています。特殊漫画家・根本敬が「俗や日常の遠い彼方に魂が飛んだ」と絶賛した『つなみ』も上巻に収録されています。
下巻の目玉は山野一とのインド・ネパール旅行を描いた『ぢるぢる旅行記』です。1995年2〜3月のバラナシ滞在体験を漫画化したもので、夫妻がインドのバラナシで地下鉄サリン事件(1995年3月20日)をテレビで知ったエピソードも含まれています。なお「ネパール編」はねこぢるの死去により未完となり、後に2001年の青林堂版総集編に収録されました。
遺作『ガラス窓』は自殺直前のねこぢるの精神状態を窺わせる作品として特別な重みを持っています。
2008年の紙版刊行に際して収録された根本敬と山野一の対談「いまも夢の中にねこぢるが出てくるんです」は、ねこぢるとのデビューの経緯・創作の実態・死後の心情を山野一が直接語った一次資料として重要な内容を含んでいます。この対談はその後Webアーカイブ(Underground Magazine Archives)でも読むことができます。
1992年の『月刊漫画ガロ』6月号でねこぢる特集が組まれ、知久寿焼・岡崎京子・根本敬・逆柱いみり・スージー甘金・松尾スズキ・土橋とし子・井坂洋子・内田春菊・黒川創ら当時の第一線のクリエイターが批評文を寄稿しました。ガロ内での特集だけにとどまらず、その後急速に波及していきます。
1990年代後半、当時流行していた「悪趣味ブーム」の文脈でねこぢるブームが起こります。発表媒体は『ガロ』を飛び越えて、『ヤングサンデー』『コミックビンゴ!』『ビッグコミックスピリッツ』『ヤングアニマル』『テレビブロス』『SPA!』『危ない1号』『小説すばる』、さらには東京電力の宣伝キャラクターにまで拡大しました。ポップな絵柄とシュールな作風のギャップが女子中高生の支持も集め、ガロ系オルタナティヴの枠を超えた「一般的な人気」を獲得した稀少なケースとなりました。
ラルク・アン・シェルのhydeはねこぢるの熱狂的なファンとして知られており、1997年にシングル「the Fourth Avenue Cafe」のカップリング曲「D’Ark〜en〜Ciel」のイラストをねこぢるが手がけました。しかしメンバーのsakuraが覚醒剤使用で逮捕されたためCDは発売中止となり、2006年の全シングルのマキシ化再販まで実に9年間、日の目を見ませんでした。ねこぢる大全の上巻にはhyde本人のインタビューが特別収録されています。
山野とねこぢるは「仕事ならなんでも引き受ける」方針だったため、ブームによって増加した依頼を断ることができませんでした。作品の量産と表現の自主規制(媒体に応じた内容調整)を強いられるようになったねこぢるは次第に精神が不安定になり、自殺未遂を繰り返すなど奇行が目立つようになっていきます。「波長が合わない人物」との対応で肉体的・精神的に消耗していたことも証言されています。
1998年5月10日、ねこぢるは東京都町田市の自宅にて縊死。31歳没。遺書はなく、山野は「故人の遺志によりその動機、いきさつについては一切お伝えすることができません」と公表しました。なお死去の8日前の5月2日、X JAPANのhideが同様の手段で死去しており、一部マスコミが後追い自殺と報道しましたが、山野は「ねこぢるはAphex Twinなどのテクノやゴアトランスに傾倒しており関連性はない」と否定しています。
山野は死後「ねこぢるが見た夢の内容の記録である夢のメモに基づく漫画作品を、ねこぢるの作画様式に従って描く」として「作・ねこぢる 画・山野一」名義での作品発表を行い、その後「ねこぢるy」名義での活動を開始しました。
| 遺骨との生活 | 山野一は死後、ねこぢるの遺骨と丸一年間同居した(根本敬との対談より) |
|---|---|
| ねこぢるy名義 | 1998年末から「ねこぢるy」名義で活動開始。2013年に「おばけアパート前編」刊行で漫画家完全復活 |
| OVA化 | 『ねこぢる草』(監督:湯浅政明)——ねこぢるうどんをベースに制作 |
| テレビアニメ | 『ねこぢる劇場』として深夜枠で放送 |
| ねこぢる大全 紙版 | 2008年(没後10年)文藝春秋より刊行 |
| ねこぢる大全 電子書籍版 | 2018年(没後20年)電子書籍として全作品を復刊 |
- ねこぢるが1990年〜1998年に発表した全作品を上下巻(合計1,600ページ)に集成
- 出版社:文藝春秋(文春デジタル漫画館)/ 紙版2008年(没後10年)/ 電子書籍版2018年(没後20年)
- 下巻に遺作『ガラス窓』と根本敬×山野一の特別対談を収録
- 上巻に唐沢俊一ら特別寄稿とhydeインタビューを収録
- ねこぢる(本名:橋口千代美)——1967年1月19日生、1998年5月10日没(31歳)、東京都町田市の自宅にて縊死
- 山野一はデビューから「原作・ペン入れ・トーン・渉外」を担う唯一の共同創作者。根本敬は「ジョン×ヨーコ以上の何か」と表現
- 「ねこぢる」ペンネームは山野一との会話から誕生。当初「ねこぢるし」→1991年6月号より「ねこぢる」に改名
- 1992年ガロ特集で知久寿焼・岡崎京子・根本敬ら第一線のクリエイターが寄稿、ムーブメントへ発展
- hyde(L’Arc〜en〜Ciel)がファンであり、1997年にCDイラストを担当(発売中止→2006年に正式発売)
- 現在も電子書籍で入手可。Kindle Unlimitedの対象になることもある

参考・出典:ねこぢる – Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/ねこぢる)/山野一 – Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/山野一)/根本敬×山野一対談「いまも夢の中にねこぢるが出てくるんです」(Underground Magazine Archives)
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